医療あれこれ
医療の歴史(141) ショウジョウバエを使った動物実験
このほど千葉大学大学院薬学研究院の殿城亜矢子講師、伊藤素行教授らの研究グループは、加齢により認知症が発症してくる原因物質は何かを究明し、学術論文に発表されました。
(Tonoki
A. et al: Aging Cell DOI https://doi.org/10.1111/acel.13691)
これは老化した脳内において一酸化窒素(NO)によって活性化されるグアニール酸シクラーゼ(sGC)という物質が増加し、認知症発症リスクが上昇するというものです。ショウジョウバエ(小バエ)を実験動物として用いた研究で、老化したショウジョウバエの脳では、sGDが増加し記憶力が低下するが、sDGを阻害する薬剤を投与したショウジョウバエは記憶低下が改善したという結果で、今後の認知症治療薬開発につながるものと期待される成果です。
今回の話題は、この認知症の機序発見による新たな治療法開発に道を開いた研究に用いられたショウジョウバエについてのことです。ショウジョウバエは日本では小バエと呼ばれていますが、傷んだ果物や野菜に群がることから、欧米では「フルーツ・フライ」などと呼ばれます。赤い目をした2~3 mmの小さなハエですが、なぜこのような小動物が難しい研究に用いられるのか?というと、飼育するのが簡単で、寿命が短いため遺伝などの実験研究には都合がよいからです。産卵してから数日で孵化し、10日ほどで成虫となり、一カ月ほどの寿命だそうです。メスとオスをかけ合わせる交配実験に使いやすく、染色体、遺伝子の研究には最適だといいます。
最初にショウジョウバエを遺伝学研究に用いたのは、米国コロンビア大学教授だったモーガン(トーマス・ハント・モーガン
1866年~1945年)です。当時は遺伝学でメンデルの法則は発見されていたものの、遺伝子、染色体の詳細は明らかにされておらず、モーガンのショウジョウバエを使った研究で染色体が遺伝子そのものであることを明らかにしたのです。
この業績によりモーガンは1933年にノーベル生理学・医学賞を受賞していますが、ショウジョウバエを用いた研究の成果は現在まで、幾度もノーベル賞を受賞するものとなっています。その理由は、ショウジョウバエが実験動物として長い歴史をもっており、実験、研究を行うのに最適であることです。なかでもショウジョウバエの体を作るのに必要な遺伝子に人類も含めた脊椎動物にも共通するDNA配列が発見されたことだそうです。つまり小さな昆虫と人間という生物学的には関係性が遠いもの同士が一部には共通する遺伝子によって誕生してくるという驚くべきことが明らかにされていったのです。今回の千葉大学における認知症の研究成果はこれら多くの知見を基礎にしておこなわれていることは言うまでもありません。