医療あれこれ
医療の歴史(6) ペスト大流行、デカメロンと検疫
「ペスト」は、ペスト菌が原因でおこる病気です。現在の日本では感染症法で最も危険な一類感染症に分類され、感染者を隔離して治療することと定められています。もともとはネズミに流行するものですが、感染したネズミの血を吸ったノミに刺された人に感染が広がります。かつて感染者は皮膚が黒くなり死に至ったことから「黒死病」と呼ばれていました。現在では抗菌剤の投与が有効で、適切に治療を行えば後遺症を残すことなく治癒しますが、抗菌剤がなかった昔は致死性が高く恐れられていました。そもそもペスト菌が原因で流行するということも解らなかったわけですから、多くの人が「ペスト」で命を落としました。14世紀のヨーロッパでは流行を繰り返し、おおよそ2500万人が死亡したことから、全人口の半分近くを失ってしまったのです。ヨーロッパ各地にはこのペスト大流行の記念碑があります。写真はウィーンにある「ペストの柱」です。
ペスト流行の原因は解らなかったけれど、人は大勢の患者がいる場所から逃れようと考えるのは当然のことです。「デカメロン」はボッカチオが1348年に著した物語集です。この時のペスト大流行から逃れようと男女10人が邸宅にひきこもり、その退屈さをまぎらわすため、毎日10人が10話ずつのおもしろおかしい物語を語り合い、百話ができたという設定になっています。題名の「デカメロン」はギリシア語の10日という意味の言葉に由来するそうで、「十日物語」などとも呼ばれています。ボッカチオはペスト流行という当時の最新ニュースに引っかけて文芸作品「デカメロン」を作り上げましたが、その中で悲惨な流行のようすが今に伝えられているのです。
ところで、このペスト流行が医学の発展に与えた影響には大きいものがありました。それはペストといった伝染病をどのように予防するか、という防疫法が確立されていったことです。イタリアでは患者の発生を届け出させ、患者の隔離、使用した物品の焼却処分、さらに港の封鎖が始まりました。入港した船の船員の上陸や荷物の陸揚げをすぐにさせず、40日間停泊して発病する人がいないことが確認されたのち初めて上陸が許可されました。現在、空港などにある検疫所で行われている「検疫」は英語でquarantineといいますが、これはラテン語の40という意味の単語からできたもので、14世紀イタリアでの港の封鎖が語源となっています。