医療あれこれ
医療の歴史(16) 新しい医学教育の始まり
日本で一人前の臨床医になるためには、医学部6年間を卒業後、医師国家試験に合格し、さらに医師として2年間の研修(研修医)が必要です。医学部の低学年では教養教育や基礎医学の教育を受けます。そのあと実際の医療を学ぶ臨床医学教育が始まると、座学として講義を受けることは当然ですが、それ以上に実際に医療を受けていらっしゃる患者さんから学ぶ「ベッドサイド教育」が大切になります。特に近年、この臨床医学教育が重要視され、研修医の期間中でも、内科系だけでなく外科系の研修を受けることが推奨されています。
この「ベッドサイド教育」の基本を最初に始めたのが、オランダにあるライデン大学教授であったヘルマン・ブールハーヴェ(1668~1738)という人です。それまで医学の考え方は、医療の歴史(10)でご紹介したパラケルススに始まる化学的医学と、同じく医療の歴史(14)でご紹介したサントリオを筆頭とする物理学的医学の2派閥がありました。18世紀に入り、この両者の考え方を取り入れた「折衷派」という新しい流れが生まれてきましたが、それを代表する医師がブールハーヴェでした。ライデン大学での彼の講義は物理、化学のいずれにも偏らず、ときには化学的に、そしてある時は物理学的に説明を加えて学生に医学を教えたのです。その講義が大変判りやすかったため、ヨーロッパ中から多くの学生が集まりました。
またブールハーヴェは、ライデンにある公立病院に学生たちを連れて行き、患者さんの病態を示しながら医学教育をしました。毎日医学生たちと一人一人の患者さんの記録を調べ、回診したのです。彼は医学生たちに「患者さん」が最も優れた教師であることを示したのでした。これが「ベッドサイド教育」の始まりで、書物による座学と違い、実際の病気を観ることによって医学生たちは生きた医学教育を受け一人前の臨床医に育って行きました。
ブールハーヴェは独創的な研究をしていたのではありませんでしたが、高潔で魅力ある人を持った優れた医学教育者であり、また18世紀で最も高名な医師であったとされています。