医療あれこれ

医療の歴史(15) 内科診察法の進歩

 前回、体温計や体重計といった診療の基本情報にかかせない機器の開発をご紹介しました。さらに最近の医学・医療は新しい医療機器の発達で、精密に病気の診断ができるようになってきました。

しかし内科の診察で基本となるのは古来の4つの診察手技です。それは、①視診、②触診、③打診、④聴診 の4つで、体の不調を訴えて医院を受診された方だけではなく、健康診断の内科診察でも必ず行う診察法です。

 ①視診については言うまでもなく、診察室へ入って来られた方の顔色を見たり、歩き方や仕草などの他、何か体の表面に色調などの異常がないかを眼で見て診察を始めることです。②触診も当然のことですが、体の表面から触ってみることによって何らかの病気がないか想像をつけることで腹部の診察では必ず用いる手技です。

 ③打診。これは体の表面から軽く叩いて、体の中に異常がないか調べることですが、内科診察法である他、一般的な言葉として、交渉事などで事前に「様子を探る」という意味に使われたりもします。内科診察では体の表面に手を当てて、その中指をもう一方の中指でトントンと叩いて体の中にでき物などがないか、などを調べます。さらに④聴診は言うまでもなく、聴診器を用いて、心臓の音や呼吸音、腹部の腸音や血管雑音などを聞いて診断をつけていく方法です。

Auenbrugger.jpg 医療の歴史でみると、これらのうち打診法と聴診法が相次いで開発されたのは、1800年前後のことでした。打診法を発明したのはレオポルド・アウエンブルッガー (17221809)というオーストリアの医師です(右の図)。アウエンブルッガーの実家は、グラーツという所で旅館をしていました。旅館の外には宿泊客に提供するワインの樽がいくつもあったのですが、そのワイン樽の外側を叩いて、中にワインがどれだけ入っているか調べていたのを見て打診法を見つけたと言われています。ワインがいっぱい入っていると叩いたときドンドンと音があまり響きませんが(これを濁音といいます)、ワインが空になるとトントンと太鼓のように響きます(鼓音)。人の体を軽く叩いてみることで、内側にでき物があったり、肺に水が溜まっていたりする部分は濁音になります。正常の肺は空気が多く含まれていますから鼓音になるのです。心臓の上を叩くと、心臓は筋肉のかたまりの中に血液が満たされた状態ですから濁音になります。もし心臓肥大があると濁音の範囲が広くなることから、打診法でこれを発見することができます。これらのことが正しいかどうかをアウエンブルッガーは亡くなった人を解剖し、体の中の状態と打診所見を比較して確認したといいます。現在では、そんな事をしなくてもレントゲン写真を撮ればすぐ判るというものですが、内科診察法の基本であることに変わりはありません。

Laennec.jpg 聴診法を開発したのは、ルネ・ラエンネック (17811826)というフランス人医師です。ラエンネックが、ある太った女性の胸に耳を当てて呼吸音を聴こうとしましたが、聴き取りにくかったので、ノートを丸めて胸に当ててみました。すると直接、耳を胸に当てるよりはるかによく呼吸音が聞こえたのです。これが聴診器を発明するきっかけとなりました。そして木製の聴診器を作り、それにより得た呼吸音などの所見と解剖所見を比較検討して、病気の症候と病態の関係を次々に明らかにして行きました。しかしこの診察法が一般に定着するまでに50年ぐらいかかったということです。当時は患者さんを裸にして診察する習慣もなかったからだと言われています。

 ところで、これら打診法や聴診法の開発は、医療者と患者さんの関係に微妙な変化を生みました。それまでは病気の診察に当たって入手できる情報は、患者さんの訴えることがほとんどで、医療者は患者さんの話をよく聴かないと診療ができませんでした。しかし打診や聴診を用いることにより、医療者は自分から患者さんの病気についての情報を収集することができるようになったのです。そうすると、患者さんの訴えと関係なく、つまり聴く耳を持たないで、病気の診断が行われてしまうという誤った状態も発生してくることになります。これを元に戻して良好な関係を築いて行くために、また少し時間がかかることにもなってしまいました。