医療あれこれ
医療の歴史(136) 初めての心臓カテーテル
血管内に挿入したカテーテル(チューブ)を心臓まで到達させ、これを通して造影剤を注入し心臓のX線写真を撮影し、血管内操作で閉塞した心臓の冠状動脈を再開通させるなど、あらゆる心臓治療の基本となるのが心臓カテーテルです。この心臓カテーテルの技術を開発した功績により1956年、3人の医師がノーベル生理学・医学賞を受賞しています。アメリカ・コロラド大学のアンドレ・クールナンとディッキンソン・リチャーズ、そして世界で初めて単独で心臓にカテーテルを挿入したドイツ人ヴェルナー・フォルスマンです。
フォルスマンが初めて心臓までカテーテルを挿入したのは、ノーベル賞受賞より27年前の1929年で、彼が研修医になったばかりの25歳の時でした。体内のさまざまな臓器には外科医による手術治療がおこなわれていましたが、心臓だけは疾患の場所もわからず明らかになるのは患者が亡くなった時におこなわれる解剖まで待たなければならないそんな時代でした。
心臓疾患の診断と治療を開発することに興味をもったフォルスマンは、チューブを首の血管から心臓まで挿入することができないか上司に相談しました。しかし医師になって間もない者がそんな大胆なことができるわけがないと事も無げに否定され周囲からの援助もありませんでした。
仕方なくフォルスマンは自分一人でこの大胆な処置を試みることにしたのです。そのころ彼が一人で経験し熟知していた医療行為は尿道へチューブを挿入して尿を排出させることだったので、用いたのは心臓カテーテルとは名ばかりの導尿用のゴムチューブだったといいます。しかもたった一人の看護師に協力を頼み、手術室で自分の左腕から心臓へチューブを挿入し、そのまま歩いてX線室で一枚のX線写真を撮影しました。そのフィルムでチューブの先端は見事に右心室まで到達しているのが確認されました。
その後、同じ操作を何度か繰り返し、結果を医学雑誌に投稿しましたがまったく支持されず、病院からは、そんなサーカスの見世物みたいなことは許されないとクビになってしまったのです。その後、田舎町の診療所で細々と医療をしていたフォルスマンが再び中央の大病院に帰ってきたのは、彼の古い論文を読んでヒントを得て心臓カテーテル技術を確立していったリチャーズとクールナンの業績によりノーベル賞が贈られるときでした。彼ら二人にノーベル賞を贈るにあたって、最初にカテーテルを実施したのは誰か検討されたのです。実は1929年ごろ同様に心臓までカテーテルを到達させた医師は何人かいたのですが、その事実を示すX線写真を撮影していたのはフォルスマンだけだったそうです。
フォルスマンがおこなった処置が、今では心臓疾患の診療に欠くことができない心臓カテーテルの先駆けとなったのですが、現在ならとても成しえない無鉄砲なことだったのですね。