医療あれこれ
医療の歴史(131) 甲状腺外科の先駆者コッヘル
コッヘル(エミール・テオドール・コッハー 1841~1917右の写真;コッハーのドイツ語読みで一般にコッヘルと称されています)は、以前にこの項でもご紹介したウィーン大学のビルロート(医療の歴史(24)外科の革命 参照)の弟子の一人で、甲状腺の切除術を数多く手がけた人です。
スイスのベルンに生まれ、ベルン大学で医学を学び、ウィーン大学の内臓外科教授ビルロートに師事しました。コッヘルは細かい手術を得意とし、甲状腺については、甲状腺に入る血管をあらかじめ処理し慎重に手術を進めることで、それまで不可能とされていた甲状腺切除術を数多く成し遂げました。2000例以上といわれる症例のうち、その当時ではあたりまえのように高率であった術後死をわずか0.5%に抑えたといいます。大胆なというより細かい、慎重で安全を期した手術を心掛けたそうです。
またコッヘルは手術の際に用いる器具の改良にも取り組みました。自身の細かな手術をしやすいようにする道具です。その典型がコッヘル鉗子で手術の際に縫合糸の先端などをはさんだり引っ張ったりする鉗子という医療器具で、先端が針状になっているものです。コッヘルの考案により作られたものとされ、単に「コッヘル」と呼ばれています。(医療の歴史24にその写真を掲載してありますのでご覧下さい。)
ところでコッヘルは、自身が甲状腺摘出手術をした患者で術後何か月か後に、動作が緩慢で無気力、全身の浮腫が著明になる症例があることに気が付きました。この症状は今では甲状腺機能低下症の典型的なものであることが判りますが、甲状腺ホルモン自体が明らかにされていなかった当時では原因不明の症状でした。甲状腺は単に内側にある気管、気管支を保護するために存在するものに過ぎないと考えられていた時代でした。甲状腺ホルモンの存在自体は明らかではありませんでしたが、甲状腺から何らかの物質が分泌され身体活動を調節しているのではないかと考えたコッヘルは、手術において甲状腺全体を摘出してしまうのではなく、一部は摘出せずに残しておく術式に変えたのです。その結果、術後患者の症状は出現しなくなり、さらにこのことは実験動物においても確認されました。これらにより甲状腺の生理的機能解明の道が開かれました。