医療あれこれ

医療の歴史(110) 日本の土から作った免疫抑制薬

 肝臓移植などの臓器移植医療は、臓器提供者から譲り受けた移植片が体内に収められたときから発生する拒絶反応が問題になります。移植片はもともと他の人の臓器ですから、移植を受けた人にとっては自分自身のものではない異物です。そこでその人の免疫が作用して移植片=異物を攻撃し始めます。これは通常の免疫反応ですが、せっかく譲り受け移植された臓器片が障害されてしまうことになります。そこで臓器移植の際、どうしても必要なのが拒絶反応の抑制(免疫の抑制)をする免疫抑制薬なのです。

 臓器移植が通常の医療としておこなわれるようになってきた1980年代、免疫抑制薬としてよく用いられた薬品はスイスの会社が創薬したシクロスポリンでした。シクロスポリンは臓器移植における拒絶反応抑制においてすぐれた効果を発揮しました。しかし一方で腎障害や肝障害、神経障害などの副作用があり、より安全な拒絶反応制御のための免疫抑制薬が求められていたのです。

 一方、新しい薬を開発する創薬の領域において、微生物から薬を作り出す方策は、青カビから抗生物質のペニシリンを発見したフレミング(医療の歴史28以来、伝統的に日本が得意とする分野でした。この天然物から新薬を見出す技法を用いて新しい免疫抑制薬を開発することは、各製薬会社の一大目標だったのです。その中でも藤沢薬品工業(2005年、山之内製薬と合併し現在のアステラス製薬)は、もともと大阪で創業された会社ですが、東京へ進出後、1980年以後、筑波研究学園都市にあらたな研究所が建設され移転が進められていました。研究施設のすべてが稼働していない中、探索研究チームは筑波山の土壌を採取することに時間を費やしたのです。1984年になってその土壌中から新しいせい活性物質FK506が発見されました。FK506は薬品名をタクロリムスといい、移植医療における拒絶反応抑制を効能・効果とする製品名プログラフが世界に先駆けて発売されたのでした。

 タクロリムスは注射剤、カプセル剤のプログラフ以外に外用薬(軟膏)の製品名プロトピックとして難治性のアトピー性皮膚炎治療薬が発売されています。これらの薬剤は開発から年限が過ぎ、多くの後発品(ジェネリック)が発売されていますが、その開発は日本人の研究者の手によって日本の土壌から発見された世界に誇る日本の創薬業績の一つです。

引用文献 山下道雄 タクロリムス開発物語 生物工学会誌93(3)141-1542013