医療あれこれ

甲状腺腫の歴史

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 紀元前から首の前部が大きく腫れる甲状腺腫をきたす疾患があったことが知られています。しかし長年にわたって甲状腺は喉と関係したものであろうとしか考えられていませんでした。頭から咽喉へ降りてくる痰が多過ぎることから甲状腺腫がおこるのだろうとも考えられていたのです。甲状腺のことを英語ではgoiter (ゴイター)といいますが、これはラテン語の咽喉という意味であるgutterから由来しています。重要なホルモン産生臓器である甲状腺は、喉とは独立した臓器であることが判明したのは16世紀になってからのことでした。1656年トーマス・ワートンによりこのホルモン産生臓器が「甲状腺」と名づけられたのです。

 しかし甲状腺腫がどのようなメカニズムで病気として発症するのかについて明らかにされるのはさらに時間がかかりました。昔からある地方で甲状腺腫が多くみられることから、なんらかの風土病ではないか、また何かの感染症ではないかと考えられていました。また生まれつき発達障害をもつ子供に甲状腺腫がみられ「クレチン病」と呼ばれていました。これは現在では頻度は少ないですが、先天性の甲状腺機能低下症であるクレチン病ということが明らかになっています。一方でヨウ素の不足が甲状腺腫を引き起こすことが知られており、ヨウ素やヨウ素成分を多く含む海藻が甲状腺腫の治療薬として用いられた時代も長く続きました。

 1914年に、エドワード・ケンダールが甲状腺ホルモンであるサイロキシン (T4) を初めて分離しました。そしてその原料がヨウ素であることが明らかになっていくのです。しかし、血液中で微量に存在する甲状腺ホルモンを簡単に測定する方法が確立しないと、甲状腺腫をきたす疾患の病態は解明されません。これを可能にしたのが放射性同位元素を用いたラジオイムノアッセイ (RIA) です。RIA1950年代になって、ロサリン・ヤローとS.A.バーソンによって開発され、さまざまなホルモンの微量測定が可能になりました。とくにヤローは糖尿病に関連するインスリンのRIA法を確立しノーベル賞を受賞しています。その後、RIAは血中微量物質の定量に多く用いられる時代がしばらく続きましたが、放射能を用いるという危険性から、現在では酵素抗体法など他の方法にとって代わられています。

 なお甲状腺腫は、甲状腺ホルモンが過剰となるバセドウ病や、逆に甲状腺ホルモン不足の橋本病の他、甲状腺ガンによるものである可能性もありますから、早期に診断・治療を始めることが必要です。

参考文献:KFカイプル著、酒井シズ訳;疾患別医学史Ⅰ(朝倉書店)P.224