医療あれこれ
胃食道逆流症で咳がつづく
胃食道逆流症は胃の内容物が食道へ逆流する現象ですが、このうち胸やけや呑酸といって胃酸が口の中まで逆流して苦みや酸っぱみを感じる症状などがあり、内視鏡で検査すると食道の粘膜が荒れて潰瘍ができるなどの症状があるものを逆流性食道炎といいます。一般には逆流性食道炎という病名の方がよく知られていますが、食道粘膜に炎症性変化がない非びらん性胃食道逆流症も含まれます。(びらんとは粘膜がただれた状態で、この変化が深部に及んできたのが潰瘍です)
一方、咳はカゼなどの時に現れる症状ですが、医学用語では咳嗽(がいそう)といいます。カゼはウイルスなどの感染による気道の急性炎症ですから、この時の咳はせいぜい1週間程度続くもので長期間続くことはありません。今回の話題である胃食道逆流症による咳は、3週間以上、場合によっては数か月続き慢性咳嗽と呼ばれるものです。胃食道逆流症は1週間以内に改善するような短期的症状ではないからです。胃食道逆流症は英語でGastro‐Esophageal Reflux Disease といいますので頭文字をとってGERD(「ガード」と呼ばれています)と略されていますので、胃食道逆流症に伴う咳嗽を「GERD咳嗽」と言われています。
GERDという消化器病変と呼吸器疾患による咳嗽が合併した病態ですから、GERD咳嗽がおこる頻度は高くないだろうと想像されますが、実は3か月以上続く慢性咳嗽の約半数がGERD咳嗽と診断されます。3週間以上持続し他の原因が明らかでない咳嗽があるときにはGERDが基礎疾患として存在するのではないかと疑う必要があります。
それではGERD咳嗽はどのように発生するかというと、これには多くの機序が考えられています。いずれの場合も胃から逆流した内容物の刺激によると考えられますが、胃酸など胃の内容物が逆流してわずかに気管に入り込む微小誤嚥による可能性や、直接に咽頭喉頭を刺激する可能性、また下部食道に分布する自律神経を刺激して咳中枢が関与して咳が誘発されるなどさまざまです。さらに食事、起床時の体位変換、前屈姿勢や体重増加などがGERD咳嗽を誘発するといわれています。
GERD咳嗽の診断については、主な原因や誘発因子の有無を調べても簡単に診断することは難しく、薬剤によるGERDの状態自体を改善すると咳嗽が緩和されるといった単純な治療的診断をおこなうことが確実とされています。ちなみにGERDの治療としては胃潰瘍の治療にも用いられ胃酸分泌を抑制するプロトンポンプ阻害薬(PPI)や、消化管運動機能改善薬が有効です。
咳がでるのでカゼをひいたと思っていたけれど、それが長く続く場合には、咽頭喉頭や気道の検査以外に、食道・胃の疾患がないか消化管の検査をおこなう必要があります。
(引用文献 金光禎寛;日本内科学会雑誌109、10、2020、2124~2131)