医療あれこれ
人間の本当の寿命は55歳
日本人の平均寿命は昨年までの厚生労働省統計で女性87.74歳、男性81.64歳です。この30年で女性も男性も5年以上伸びており、世界でも長寿国として知られています。さらに日常生活に支障がある病気にはかかっていない健康寿命も伸びており過去最高を記録しています。
しかし東京大学生命動態研究センターの小林武彦教授によると、こうした80歳を超える寿命の伸びは生物学的には想定外で、本当なら55歳ぐらいが限度だそうです。
生まれてから老化して死に至るまで、細胞分裂を繰り返して細胞数が増えることにより成長し身体活動が維持されるのですが、この分裂回数は約50回とされています。
細胞にはさまざまな役割をもった種類がありますが、このうちでも幹細胞が重要です。約50回の細胞分裂が終わるとそのままの状態では体の細胞は老化しやがて死んでいきます。体の細胞死は寿命が来て死んでいくだけではなく、外界の刺激などで傷つき失われていくことも大きな要因となります。このように失われた細胞に代わって新鮮な細胞を供給するのが幹細胞です。つまり幹細胞は健康な体を維持するために必要不可欠な役割をもっているのです。
しかし幹細胞の細胞分裂回数にも約50回という限度があります。50回近くになると本来必要とされる新鮮な細胞ではなく、初めから老化した健康でない細胞や、ガン細胞のように異常な細胞が生み出されてきます。幹細胞自体の老化がおこってくるのです。ここまでに至る時間が55年とすると人間の本当の寿命は55歳と考えることができます。
55歳という年齢はガンなどの悪性腫瘍が発生する時期にあたり、ガン年齢などといわれますが、この背景にあるのがこのような背景があると考えられます。近年の医療の進歩により、悪性腫瘍というと不治の病ではなくなりつつありますが、死亡統計でわかるように悪性腫瘍は日本人の死亡原因で不幸にも悪性腫瘍が他の疾患に比べ圧倒的な第一位を占めています。
人間は生き物ですから、他の生物と変わらず寿命には限度があります。しかし人間は生きている間には健康で有意義な人生を送りたいと願い生活するのは他の生物とは異なることです。そして苦しむような病気やケガではなく、健やかで自然な死を迎えたいと思います。最近の死亡統計では、悪性腫瘍や心疾患が死因の上位を占めるのはこれまでと変わりませんが、脳血管疾患や肺炎といった病気を抑えて、老衰で亡くなる人が第三位になったことは、世の中が私たちの願いにすこしでも近づいていることを示すものと考えたいものです。
(文献 小林武彦:生物はなぜ死ぬのか 講談社現代新書)