医療あれこれ
血管と血液(11) 血友病と帝政ロシアの崩壊
前回のこのシリーズでご紹介したように(血管と血液10)血友病保因者であった大英帝国ビクトリア女王の遺伝子を受け継いだ皇女アレキサンドラはやはり血友病保因者でした。彼女は政略結婚なのでしょうか帝政ロシアのニコライ2世に嫁ぐことになりました。そして4人の女子に次いで1人の男の子が生まれたのです。アレクセイと名付けられたこの子は血友病だったのです。
血友病は一度出血がおこるとなかなか止血しません。主な症状は身体の内よく動かす関節内や筋肉内への出血です。(血管と血液9)とくに関節内出血はよくみられ、一度出血がおこると大変「痛い」発作的症状が出現します。現在では出血に対して、不足している凝固因子製剤を注射することによりこの痛みは治まりますが、このような治療がなかった時代には、安静にして出血が止まるのを待つしか方法はありませんでした。
皇帝夫妻は、後継ぎである皇子アレクセイのこの「痛み発作」を治すため、ロシア中の医療者を集めて治療にあたらせました。しかし血液の凝固機序や血友病という病気が解っていなかった時代にアレクセイの痛みをとる治療などできるはずがありません。そこで登場したのがシベリアの怪僧ラスプーチンです。
ラスプーチンは痛がる皇子アレクセイを前に祈祷を捧げたところ、皇子の痛みは治まったのでした。これは祈祷が功を奏したのではなく、ただの自然経過だったのではないかといいます。つまり関節内に出血が起こっても、血種で関節腔が満たされてしまうと自然に出血は止まるからです。
しかしラスプーチンの治療が効いたと思い込んだ宮殿内の人々は、ラスプーチンを大いにもてはやすことになりました。そのころ勃発したのが第一次世界大戦です。皇帝ニコライ2世は軍隊を引き連れてヨーロッパ戦線へ参戦し、宮殿内には皇后アレキサンドラが残りました。ラスプーチンはアレキサンドラと不適切な男女関係になってしまったのです。このようなことが誘因となってロシア国内では革命がおこり、旧ロシア帝国は崩壊し、ソビエト連邦ができ上ってくることになったとされています。
この話は何度か小説や映画に取り上げられています。ただここで医学的に重要なことは、血友病という病気は、男の子に発生する遺伝病だということと、その主な症状は「痛み」であるということでしょう。