医療あれこれ
血管と血液(10) ビクトリア女王と血友病
生まれながらにして凝固第Ⅷ因子、あるいは第Ⅸ因子が欠乏・欠損しているために出血症状が生じる血友病は、伴性劣性遺伝という遺伝形式です。母親のX染色体に凝固因子を作る形質が欠損しているために子供に病気が生じるのですが、大多数が男児に出現します。簡単に遺伝形式を説明しておきますが、人の性染色体は、男性がX染色体とY染色体それぞれ1本づつ(XY)、女性は2つのX染色体(XX)で構成されています。第Ⅷ因子や第Ⅸ因子が作られる遺伝形質はX染色体に存在し、その人のX染色体がすべて異常なものであったとき血友病児が生まれます。女子ではX染色体が2本ありますから、もし1つのX染色体に異常があっても、もう1つは正常なら血友病にはなりません。遺伝形質が2つ合わさらないと女性血友病は生まれないのです。それに対して男子はX染色体が1つしかないので、血友病児が生まれてくるのです。右の図のように1つのX染色体だけに異常があった女子は血友病ではないかわりに、正常の男子と結婚して男の子が2人できたとすると、そのうちの1人は血友病である可能性があるというわけです。これを血友病の保因者といいます。
さて血友病の遺伝形式が理解いただけたところで、今回のタイトルであるビクトリア女王の話題にはいります。近世ヨーロッパでは、1853年にイギリスのビクトリア女王の第8王子として出生したレオポルドが血友病であったことが判っています。他の王女2人が血友病保因者でした。つまりビクトリア女王は血友病保因者であったと推定されます。当時のイギリスは、大英帝国としてヨーロッパを始めとして全世界に勢力を広げていきました。その方法の1つとしてヨーロッパ各国の王室に政略結婚の形で王女を嫁がせていたのですが、その中に血友病保因者の王女も含まれていました。ドイツ、スペイン、ロシアなどにイギリス王室から血友病の血が広められていったのです。このため血友病は王室病などといわれていました。そしてこれが原因で各国に政権をゆるがすような問題が生じてきたのでした。なお現在イギリスのエリザベス女王には、血友病の血は流れていないとされています。