医療あれこれ
血液と血管 (5) アスピリン
前回、動脈の中では血小板の活性化がおこりやすく、このため血栓が形成され動脈閉塞が脳梗塞や心筋梗塞を引き起こしてくることを説明しました。そこで血小板の機能を抑制する抗血小板薬を投与することが脳梗塞や心筋梗塞の予防になることが想定されます。抗血小板薬として最初に登場したのがアスピリンです。アスピリンの正式名称はアセチルサリチル酸で、ドイツのバイエル社が開発しました。しかしアスピリンはもともと鎮痛解熱薬だったのです。「頭痛にバファリン」で有名なバファリンの主成分はこのアスピリンです。
紀元前400年頃のヒポクラテスの時代から体で痛みがある部位にヤナギ(柳)の樹皮を貼ると痛みが緩和されることが知られていましたが、その後ヤナギの成分からサリチル酸という成分が抽出され、これが痛みをとり発熱を下げる成分そのものであることが解ったのです。しかしサリチル酸は胃への刺激性が強く内服するとすぐに胃痛がおこり、胃潰瘍を発症することもあるので、これをふせぐためサリチル酸の構造を変化させてアセチルサリチル酸を合成して、アスピリンという商品名で売り出したのがドイツ・バイエル社でした。1899年のことです。その後、第一次世界大戦の敗戦国ドイツから商品名の権利が一時とりあげられたこともあって、アスピリンという名称が一般名として通用しています。
消炎鎮痛薬としてのアスピリンの作用機序は、アラキドン酸という不飽和脂肪酸(脂肪の一種)から生成される生体内の情報伝達物質であるプロスタグランディン合成を阻害するものであることが、1971年、英国の薬理学者ヴェインにより明らかにされました。この鎮痛解熱作用を得るためには、1日量で1~3 g の高用量投与が必要です。その後、スウェーデンのサムエルソンが、血小板膜にあるアラキドン酸から合成されるプロスタグランディンの一種であるトロンボキサンが血小板を活性化させることを明らかにし、アスピリンはこのトロンボキサン生成も抑制することが判り、血小板抑制作用をもつことが発見されたのです。しかもこのアスピリンによる血小板機能抑制は、1日量0.1g (100 mg)でよいことが明らかにされました。
かくしてアスピリンは高用量では消炎鎮痛薬として、低用量では抗血小板薬として有用であることが確認されたのです。現在では低用量アスピリンによる抗血小板薬として用いられることが多くなってきました。いわゆる「血液をサラサラにする」薬の代表となったのです。