医療あれこれ

2012年4月アーカイブ

 錬金術とは、どこにでもある金属から、さまざまな手法を用いて、金などの貴金属を作ろうとするものです。中世のヨーロッパでは、これが盛んに行われ、科学というより魔法に近い意味や、お金儲けのからくりのようにも考えられています。ある技術を用いると、人間が不老不死になるなどといったことが信じられていました。

PA0001.jpgしかしその試行錯誤の過程から、硫酸や塩酸などの化学薬品が発見されてきたことは、学問的に大きな科学的発展ということができます。錬金術師の中でも医学的発展に貢献した人がパラケルスス(1493~1501)でした。パラケルススとはあだ名で、本名はフィリップス・アウレオルス・テオフラトス・ボンバストス・フォン・ホーエンハイムという大変長い名前だそうです(右の写真)。それまでの医薬品といえば、ほとんどが草根木皮であったものが、パラケルススは水銀、アヘン、砒素、銅、硫黄など多くの化学物質を病気の治療に用いました。現在ではこれらの物質のほとんどが、有害物質や毒物のたぐいですが、化学物質を治療薬に取り入れた最初であったことは医療の発展に大きく貢献したことになります。そこでパラケルススのことを「医化学の父」などと呼んだりしています。

パラケルススはさらに、人体には水銀、硫黄、塩の 三大要素が重要であり、体内に塩が沈殿した結果、病気が発生すると考えて、この沈殿した塩を溶かすために、さまざまな鉱物を用いることをすすめたので した。この考え方は、ギリシア、ローマから受け継がれた古典的医学とは大きく異なり、現在の臨床内科医としての姿勢でした。実際彼はすぐれた臨床家であったそうで、多くの著書や講演記録が残されています。

 ちなみに「化学療法」は文字通り化学物質を使った治療法ということですから、現在の化学物質を薬剤として用いた治療法はすべて化学療法ということになります。しかし私たち医療者は「化学療法」という言葉を、抗ガン剤という化学薬品を使ったガン治療の意味で使うことが多いように思います。

 

ガンの予防

gan.jpg

 日本人の死亡原因第一位で年々増加し続けているガン。すべてのガン死亡率では、50歳代から徐々に増加し、男性では60歳、女性では70歳を超えると急激に上昇します。つまりガンは高齢者の病気であるといえるでしょう。

 ガンの予防はどこまで可能か?ということですが、その前提としてガンの原因を考えておく必要があります。ガンの発生は生活習慣に関係するものと、感染症に由来するものの二つに大きく分けることができます(右の図)。

 生活習慣関連では、言うまでもなく喫煙は最大の危険因子です。他の人が吸っているタバコの煙を吸う「受動喫煙」も大きな原因で、禁煙推進と同時に完全な「分煙」が求められます。

大量のアルコールも発ガンに関係します。毎日、日本酒に換算して3合以上の飲酒をしている人のガン発生率は飲まない人の1.6倍にもなり、飲酒と喫煙の両方が重なると倍増するとされています。例えば、一日30本以上のタバコを吸い、3合以上のアルコールを飲み続けて30年後には、食道ガンの危険性は約50倍になるそうです。肉類ばかり食べている肥満の人が、飲酒を続けていると大腸ガンの危険を上げる要因ということもはっきりしています。

 生活習慣由来のガン予防には、①禁煙、②アルコールは飲みすぎない、③運動などにより肥満を予防する、といった生活習慣の改善が必要となります。ただ言うだけなら簡単ですが、なかなか実際問題として難しい部分もあります。さらに自分では完全に良好な生活習慣をしていると思っていてもガンの発生を100%予防できるとは言い切れません。

 一方、感染症由来のガン発生を予防することは、理論的に、はるかに簡単です。感染源を断ち切る治療や、ワクチン接種により抑制ができるからです。感染症由来のガンとしては、①肝炎ウイルスによる肝臓ガン、②ヒト・パピローマ・ウイルス(HPV)による子宮頚ガン、③ピロリ菌による胃ガン、などが考えられます。B型肝炎やC型肝炎ウイルスに対する治療をする、若年女性にHPBのワクチンを接種する、ピロリ菌の除菌をするなど明確な対応が可能です。

 これらのガン予防は「一次予防」と言って、ガンの発生そのものを予防することです。これに対して、ガン検診などによる早期発見・早期治療は、ガンという病気にかかってしまったけれど、それが重症化し死亡の原因になることを防ぐ「二次予防」と言われるものです。一次予防をしておいて、検診で二次予防をすることが大切なことだと考えられます。

(文献 浅香正博:日本医事新報、201247日号、P.28


 今では血管の中を流れている血液が心臓から送り出されてまた心臓へ帰ってくる「血液循環」を知らない人はいないと思います。しかし1628年、ウィリアム・ハーヴェイが血液循環論を確立するまで、世の医療者たちはこのことを知りませんでした。

 医療の歴史(4)でご紹介したローマ時代の医師ガレノスが唱えた血液の流れについての生理学が17世紀になるまで信じ続けられていたのです。ガレノスの考えは、口から食べた食物の栄養分は腸で吸収され、それが肝臓で血液として調整され(つまり肝臓で血液が作られ)血管を通って全身へ運ばれるというものです。そして全身に運ばれた血液は「精気()」となって全身の生命活動に利用される・・・つまりその血液がまた心臓や肝臓へ戻ってくるとは考えていませんでした。しかし16世紀になって、前回ご紹介したヴェサリウスの詳しい解剖学(医療の歴史8)からすると、ガレノスの説はやはり矛盾する点が多いことが徐々に分かってきていました。しかしこれを実証し意見を述べた画期的な報告は、ハーヴェイの血液循環論が登場するまでありませんでした。

 ハーヴェイは1578年、イギリスの裕福な商人の家に生まれました。ケンブリッジの専門学校を卒業した後、その当時、繁栄の絶頂にあったイタリアのパドヴァ大学に入学します。ここで彼は数学や天文学を、地動説を唱えてローマ教会から火あぶりに処せられたガリレオ・ガリレイから学び、科学的な思考を身に着けていきました。またパドヴァ大学は16世紀にはヴェサリウスが解剖学を教えていたところで、ハーヴェイはヴェサリウスの流れをくむ解剖学を直接学んだことになり、このことが後の血液循環論につながっていきます。

vein.jpg 心臓のポンプ作用で送り出された血液は、動脈を通って全身へ運ばれます。そして静脈を通って心臓へ帰ってきます。動脈は心臓から全身へ高い圧力で血液が送りだされます。その圧力を測定したのがご存じの「血圧」です。一方、静脈は動脈に比べて非常に圧が低くなっていて、心臓に帰り着く手前には0になります。このため静脈には血液が逆流することがないように所々に弁がついていますが、このことを証明したのもハーヴェイです。(右の図)しかし彼は、動脈と静脈がどのようにつながっているのかは明確に解らなかったようです。毛細血管という非常に細い網目状の血管が動脈と静脈の間にあるのですが、これを直接確認するのは肉眼では難しく、ハーヴェイの生きた時代からもう少し時間が経って、顕微鏡が発達してから確認されたのでした。

高尿酸血症・痛風

 痛風は足の親指の付け根などが腫れて痛む、その痛みは風に当たっても痛いほど激しいことから「痛風」と呼ばれます。その原因は血液中の尿酸値が高くなることで、尿酸塩が針状の結晶となって関節に沈着して、炎症を起こしたものです。つまり尿酸値が高い高尿酸血症は痛風の原因になるけれど、厳密に言うと高尿酸血症イコール痛風ではありません。関節の激痛が出現する痛風発作(関節炎)がおこった状態が痛風です。

TH_LIFC022.JPG痛風は昔からアルコールと美食が原因で発症することから「ぜいたく病」などと言われてきました。血液中の尿酸はプリン体という物質が分解されてできます。アルコール、特にビールにはプリン体が多く含まれていますので、飲みすぎると尿酸値が上昇します。それだけでなく、アルコールは尿酸の合成を促進し、尿酸が腎臓から尿へ排泄されるのを阻害することから、さらに状態を悪くしてしまうのです。また肉など美味しいものにはプリン体が多く含まれており、これらの食物を多く食べると尿酸が高くなります。

 プリン体を食べたり飲んだりして尿酸が高くなるだけではありません。プリン体は筋肉を動かすときのエネルギーを伝達する物質であるATP(アデノシン3リン酸)のもとになる物質です。そこで激しい筋肉運動をすると尿酸値が上昇することになります。(ただしジョギングや水泳などの有酸素運動では尿酸値の上昇はないと言われています。)また血液の病気で白血球が血管の中で壊されたりすると、白血球細胞から尿酸が血液中に放出され高尿酸血症の原因になります。

 また尿酸はこれら身体活動の結果生じる言わば老廃物で、体にとって必要なものではありません。そこで腎臓から尿中にこしだされて排泄されるのです。そこで腎臓の機能が低下した状態では尿酸値は上昇します。さらに悪いことに尿酸の結晶は腎臓に沈着して腎臓の機能を低下させてしまいます。

 このように、高尿酸血症は、①プリン体摂取の過剰、②体内での生成過剰、③腎臓からの排泄低下、という三つの原因でおこると考えられ、それぞれのタイプに応じてお薬などの治療法が選択されています。

TH_TRED042.jpg ところが、今月、イギリスの科学雑誌に、尿酸は腎臓から排泄されるだけでなく、腸から便の中に排泄されるという新しい事実が発表されました。発表したのは東京薬科大や防衛医大などの日本人チームです。発表者によると、「今までの治療法だけでなく腸の動きを対象とした生活習慣を検討することも必要で、遺伝子関連の新しい治療法の開発につながる可能性がある」ということです。高尿酸血症や痛風治療の新時代が見えてくることも期待されます。