医療あれこれ

2012年3月アーカイブ

TH_LIFC005.JPG 多くの生活習慣病は肥満、内臓脂肪の蓄積が誘因となって発症することはよく知られていることです。またこれを予防し、治療するために、①食事療法(食生活を改善する)、②運動療法(適度の運動を続ける)、そして③薬物療法(検査値などをお薬で補正していく)の三つがあることもご存じの通りです。これらのうち、高血圧や糖尿病などに代表される病気を持っている方には、適切なお薬を処方し、栄養指導を通じて食生活の改善を図ることは当然の事として行われておりますし、もちろん当院でも実施していることです。しかし、②の運動療法については専門施設において以外では、系統だった指導が行われていない現状があります。具体的にどれ位の運動量を実施すればよいのか、つまりどのようなトレーニングプログラムを実践するのかという点があいまいであることが多いように思います。

 本年1月に東京で開催された第46回日本成人病(生活習慣病)学会では「職域における生活習慣病の予防・改善と運動療法」というシンポジウムが企画され、様々な報告がありました。たとえば、同じ運動を続けても十分な効果が得られる人とそうでない人がいるがこれには体質の遺伝的要因がある、しかし遺伝的に病気になるリスクが高くても計画的に運動をするとそのリスクをある程度軽減できることが明らかにされました。また具体的な事項のうち、一日の歩行時間が長い人ほど高血圧や糖尿病になる危険度や低下したことが明らかにされています。厳しい運動をするより息の切れない程度の有酸素運動がよいことも具体的なデータとして報告されています。

 以前私たちは、日本内科学会において、日常の運動をどのようにすれば効果的に体重コントロールができるか、というテーマで発表したことがあります(末廣美津子他:自主的な生活習慣改善目標設定による体重コントロールの有用性:第104回日本内科学会講演会、平成194月、大阪)。その概要は、日々の運動は他の人から指示されてするのではなく、自主的に目標を立てて実施するほうがより効果的であるというものでした。さらにその目標も、ただ「毎日、運動をするように心がける」「体重を減らすよう努力する」といった抽象的なものでは得られる効果は少なく、「毎日何時間以上歩く」や「毎日何の運動を何回する」など具体的で数値目標の含まれた計画を立てた人の方が確実に体重コントロールできたという結果でした。

 何事もそうですが、毎日継続することや、自分から進んで行うことが大切です。ぜひ無理のない体を動かす計画を考えてみて下さい。疑問に思われることがあればご相談に応じます。


 人体解剖学の研究は16世紀になって盛んになりました。その中心人物が解剖学の歴史上最大のビッグネームであるアンドレアス・ヴェサリウスです。

ヴェサリウスは1514年ベルギーのブリュッセルで代々医師であった家に生まれました。幼少の頃から動物の体の構造に興味を持ち、身の回りにいる動物を勝手に解剖していたそうです(現代では動物愛護法で許されることではありませんが・・・)。

成長してパリ大学医学部に進学したとき解剖学の講義を体験しました。ところが、前回、医療の歴史でも少し紹介したように、当時の解剖学は古代のガレノスが著した解剖学を何の疑いもなく解説するだけのものでした。実習は解剖学教授が直接行うのではなく、実習助手が形式的に内臓を取り出し、学生たちに指し示すだけのものだったそうです。当時、刃物を使って死体を切り開くことは下賤な作業と思われていました。ヴェサリウスはこれにがまんできず、子供のころからの動物解剖の体験を生かして、手際よく解剖してみせました。これが評価され、すぐに解剖学実習の助手に採用されたのです。

 彼はすぐに解剖の名手としての名声を得、23歳の若さでイタリアの名門パドヴァ大学の解剖学教授に就任することになりました。自ら解剖を行って学生たちに講義するとともに、解剖学を探求し、古代からのガレノス解剖の多くの誤りを指摘して行きました。どうもローマ時代のガレノスは猿などの解剖は自ら行っていましたが、人体解剖の経験はあまりなかったのですが、弟子たちや後世の人々がガレノスを解剖学の神様として祭り上げ、その理論が何百年も盲信されていたようです。vesalius.jpg

 1543年、ヴェサリウスは写実的なイタリア絵画を多く取り入れた大著「人体構造論(ファブリカ)」を出版します。(右は今でも解剖学書の序章などで紹介されているファブリカの挿し絵です。)正確な人体構造の知識を得た西洋医学はこの後、飛躍的な発展を遂げていくことになるのです。

 しかし、いつの時代も新しい真実を最初に述べた人は周囲から冷たい視線を浴びせられることが多いのですが、ヴェサリウスも例外ではなく、最後は不遇な生涯を43歳という若さで閉じてしまうことになりました。

糖尿病と認知症

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 高齢社会が進行して、認知症患者さんの急増が問題となっています。日本では、アルツハイマー病と呼ばれる脳細胞が変性して発症する疾患が約半数を占め、残りは脳梗塞などが原因となる脳血管性認知症およびアルツハイマー病と同じく脳細胞が変性するレビー小体病が多いとされています。

 日本のアルツハイマー病の患者数は約100万人とも言われ、65歳以上の10人に1人が発症の危険性を持っています。アルツハイマー病に罹患していて亡くなった人の脳細胞を調べると、アミロイド・ベータという異常たんぱく質が蓄積していることが解り、これが10年以上の時間をかけて脳細胞を死滅させていくことが、アルツハイマー病発症原因の主要な機序と考えられています。

 そこでこのアミロイド・ベータに対するワクチンがアルツハイマー病の予防接種として用いられないか現在、研究・開発が進行しています。またこれまで一種類しかなかったアルツハイマー病治療薬に加えて、昨年新規の治療薬が発売され、新たな薬物治療の展開が期待されています。

 ところで、高齢社会でもう一つの問題となる疾患に生活習慣病である糖尿病があります。糖尿病は血管を障害して、さまざまな合併症を発症させていくことはご存じの通りです。糖尿病と認知症との関係を考えるとき、糖尿病は脳梗塞の危険因子の一つですから、脳梗塞の後遺症による脳血管性認知症の誘因になることは容易に想像できます。

一方で、以前から糖尿病はアルツハイマー病発症の重要な危険因子の一つであることが解っていました。このことは昨年の11月に開催された日本認知症学会でも「糖尿病と認知症」という主題のシンポジウムとして取り上げられ、多くの新しい知見が報告されています。糖尿病発症前の糖代謝異常がある段階から認知症発症リスクが増加するという疫学的研究や、血糖値の高値が持続すると血液中の終末糖化産物の形成が進み、身体の酸化ストレスがアミロイド・ベータの沈着を促進するなど多くの報告がなされました。

 乱れた生活習慣が誘因で発症する糖尿病では、血糖をコントロールするインスリンが効きにくくなる「インスリン抵抗性」という状態が起こります。このため初期の糖尿病では血液中のインスリン量は増加している時期があるのですが、このインスリンの異常状態がアミロイド・ベータの沈着を促進することも解ってきました。またインスリンはアミロイド・ベータ除去にも関係している可能性も示唆されています。

 いずれにしても糖尿病におけるアルツハイマー病発症機序は複合的で一つの事象から説明できるものではありません。しかし糖尿病は認知症の大きな危険因子でもあることに間違いはなく、生活習慣改善を含めた適切な治療を続けていくことが重要です。


トマトダイエット

tomato2.jpg  トマトやトマトジュースがスーパーなどでバカ売れして品薄になっているそうです。2月の始めに「トマトにメタボ改善成分発見」というニュースが流れたためですが、これは京都大学の研究グループがアメリカの科学雑誌に報告したもので、ネズミにリノール酸の仲間であるトマトの一成分を4週間与えたところ、中性脂肪や血糖値が下がったという内容です。

 この報告は「以前からトマトには中性脂肪を下げる効果があることは分かっていたけれど、何の成分が原因でその効果が現れるかが不明であったが、今回それが解明された」というものであって、「トマトを食べ続けたら中性脂肪が下がってメタボリック症候群が解消される」ことまで証明されたわけではありません。

 最近、テレビのある番組で、メタボ体型のテレビ局関係者がトマトを食べ続けたら、体重が減った・・・という企画が放送されていました。その人がたとえダイエットに成功したのだとしても、そのようなことをした全ての人に当てはまる証拠がないことはいうまでもありません。以前に「バナナダイエット」が話題になって、この時はスーパーからバナナが無くなってしまったことがありましたが、今回も同じようなことだったと思います。

 メタボリックシンドロームを改善する、体重を減らす、中性脂肪をさげるためには、何か特別なものを敢えて大量に摂取するより、規則正しくバランスよく食事をして、運動をするなど一般的な生活習慣改善が第一であることはご存じの通りです。もちろんトマトは栄養豊富な食品ですから、バランスよい食事のなかに取り入れて頂ければよいのだと思います。

 当院では毎月一回、管理栄養士による栄養相談を実施しておりますので、もしよろしければ一度受けてみて下さい。


 古代ギリシア、ローマ時代の文明発展の時代が過ぎ、その後のおおよそ67世紀のヨーロッパはキリスト教のカトリック教会隆盛の影響を受けて、芸術や文化がすっかり停滞してしまった時代が続きました。暗黒時代などと呼ばれていますが、教会の精神に反するような新しいことを試みることが許されなかったのです。医学の世界も同様で、医療の歴史 (4) で紹介したローマ時代のガレノス医学が神聖で侵すことができない絶対的なものとされていたため、新しい医学研究などは全く行われませんでした。たとえば人体の内部構造についての知識は教会が人体解剖を許さなかったものですから、ガレノスの述べたことを盲目的に信用していく他に道はありませんでした。

 しかし13世紀を過ぎたころからカトリック教会は少しずつ人体解剖を認めるようになりました。この頃の(あるいはこれより以前からという説もありますが)新しい時代を「ルネサンス」と呼ばれているのはご存じの通りです。「ルネサンス」という言葉は復興、再生という意味だそうですが、暗黒時代に別れを告げて、古代ギリシアやローマの活気にあふれた学研精神を取り戻そうとする意識ととらえることができると思います。

leonardo.jpg ルネサンスを代表する最大の芸術家の一人であるレオナルド・ダ・ヴィンチ(14521519)は「ミロのヴィーナス」や「最後の晩餐」など有名な絵画の作者であることはいうまでもありませんが、芸術家だけではなく 工学や医学・生理学の改革者でもありました。真実を自分の眼で確かめてそれを正確に表現しようとしたのです。彼が残した人体解剖図(右の図)は、ただ詳細に描かれただけでなく、それまでの解剖書とは全くことなり、人体の構造を遠近法を取り入れた立体的な図として描写してあります。

 ただ残念なことにレオナルド・ダ・ヴィンチの解剖図は医学的発展に寄与した部分は多くありませんでした。彼は事実をありのままに表現することに興味があり、詳細な人体構造が、人の身体機能や病気の発生にどのようにかかわってくるのかという点にはあまり興味がなかったようです。

 ルネサンス以後の医学の発展に最大の貢献をした人はダ・ヴィンチより後に活躍したヴェサリウスという人です。このことは次回の医療の歴史で紹介します。