今から2400年前ギリシアの医師ヒポクラテスは、それまでの呪術的な医療ではなく科学的に人の体を観察して現代に通じる医療の体型の基を作り、「医聖」「医学の父」と呼ばれています(医療の歴史2参照)。彼は正常な認知能力と旺盛な食欲のある人の死亡率は低い、つまり精神的に正常で食欲があると長生きできるという仮説を立てていました。この真偽について現代の臨床疫学的手法を用いて調査するという考えもおよばないような研究が、カナダのマニトバ大学でおこなわれその結果をまとめた論文が2014年末に発表されました。
研究の対象はマニトバ地域の65歳以上の住民1751人で、うつ病や精神状態を調査するアンケートを用い、食欲の有無や精神状態の安定性を評価した後、1991年から5~6年間、死亡率を調べていったのです。その結果、食欲が正常で精神的に正常な人に比べて、食欲、精神機能のいずれかが劣る人は調査終了時の生存率が低く、食欲と精神機能の両方に問題のある人は最も生存率の減少が著明であることが明らかとなりました。上の図は、カプラン・マイヤー生存曲線という時間経過にともなう生存率の変化を示したものです(引用論文より改変)。食欲と精神機能のいずれかあるいは両方に問題がある人に比べて、両方とも問題がない人の方が明らかに調査終了時の生存率が高いことがわかります。
このような現代の疫学調査方法が知られていなかった紀元前のギリシアで人の生存について予測したヒポクラテスはまさに「医学の父」と呼ばれるにふさわしい偉大な人物であったことが改めて認識されました。
引用論文:BMJ 2014;349:g7390 doi: 10.1136/bmj.g7390
(Published 15 December 2014)