バセドウ病など甲状腺ホルモンが過剰となる病態では、血管内で血液が固まりやすくなる、つまり血栓症をおこしやすいことが知られています。血液成分からみると血栓症は主として次に示す3つの機序が関係して発症します。
①血小板という血液中の小さな細胞が凝固して血栓を作る
②血液の液体成分中のタンパク質である凝固因子が血栓を作る
③血栓を溶解する繊維素溶解系(線溶系)の機能が低下する
甲状腺ホルモンはこれらのうち、凝固因子の一部を活性化させ、線溶系を抑制する別のタンパク質が増加して線溶系が働かなくなることが原因であるとされています。つまり主として②と③の機序が関係しているのです。
血栓症は2種類あります。心臓から体の各所へ血液を流し込む動脈に血栓ができる動脈血栓と、体の各所から心臓へ血液が帰ってくる静脈にできる静脈血栓の2つです。動脈血栓により血液が通らなくなると、その部分は酸欠になって組織が腐ってしまいます。例えば脳の動脈が血栓で閉塞すると脳梗塞、心臓の筋肉に血液を送る冠状動脈が血栓で閉塞すると心筋梗塞になってしまうといった具合です。それに対して静脈血栓は、心臓へ血液が帰って行かないので体の一部にむくみや痛みが生じます。よくある静脈血栓として、足の深部静脈血栓症がありますが、これは足が痛く腫れるだけでなく、血栓が静脈から流れ出すと突然肺の血管を閉塞させ呼吸困難の状態になってしまいます。これが「エコノミークラス症候群」として知られているもので、飛行機の狭い座席に長時間座って足を動かさないでいると足の静脈に血栓ができてしまうのです。
上述した3つの機序のうち、①血小板 は主として動脈血栓の原因となり、②凝固因子 は静脈血栓の原因となることが知られています。一方、③線溶系 は理論的には、動脈血栓、静脈血栓の両方に関係すると考えられます。したがって甲状腺ホルモン過剰は、主として静脈血栓の危険因子です。
さらに甲状腺ホルモン過剰状態で、治療が必要な明らかな(バセドウ病などの)疾患だけでなく、治療は必要ないけれどもわずかに甲状腺ホルモンが増加している場合においても、これらの血栓症発症のリスクは高くなっていると言われます。甲状腺ホルモンの異常はお薬でコントロールすることができますから、状況に応じてしっかりと経過観察し、治療していくことが血栓症の予防につながります。