体の中はどのようになっているのか、切り開かなくても見透すことができれば、病気を診断するための情報としてこれほど有用なことはありません。現代の医療で欠くことのできないX線を発見したのはドイツのヴュツブルグ大学の物理学教授であったウィルヘルム・レントゲン(1845~1923)です。
X線の発見は偶然の出来事でした。レントゲンは、陰極線について一人で実験していました。それまですでに、ボン大学のフィリップ・レナルト(1862~1947)により真空管に電気を通すと陰極線という放射線が発せられることが発見されていましたが、レントゲンは自分の研究を深めるため、レナルトの実験を追試しようとしていました。1895年11月8日金曜日の夜、衝撃の新事実が発見されました。実験室を真っ暗にして、太い真空管を銀紙と黒いボール紙で覆って通電すると、その真空管から少し離れたところに置かれた蛍光物質を塗ったスクリーンが光りだしました。スクリーンの前に鉛の棒をかざすと影ができ、さらにその棒を持った自分の手の骨が影となってスクリーンに映し出されたのです。つまりこの光線は人の体を通して、骨を見透すことができるというのです。このことを確かめるためレントゲンは一カ月半のあいだ、一人で実験室にこもってこれを確かめた後、1895年12月28日にビュルツブルグの物理学医学協会に論文として、発見した事実を報告しました。この光線は今まで知られていなかったもので、未知の光線であることからX線と名付けられましたが、よく発見者の名をとってレントゲン線と言われます。
この衝撃の事実は、またたく間に世界を駆け巡りました。初めのうちはX線が自分の骨を映し出すことから記念写真のように撮られたり、靴屋は足の骨をX線写真で調べて形のあった靴を作るサービスをするなど、今では考えられないようなデタラメなことがあちこちで行われていました。何がデタラメかというと、言うまでもなくX線が人の体に有害であること、つまり放射線障害が知られていなかったためです。レントゲン自身の体にも、皮膚に腫瘍ができたり、髪の毛がぬけることが起こっていました。X線は便利なものだけれども、適切な使い方をしないと体の細胞に障害されることが後年になって判ってきました。X線のこの細胞障害の性質を病気の治療に使ったのが放射線療法で、悪性腫瘍などに向けてX線を照射すると、腫瘍細胞が死んでしまうというわけです。
なお言うまでもありませんが、通常、病気の診断や健康診断に使われるX線は、妊婦さんのお腹にいる赤ちゃんに対してという特殊な場合でない限り、人の体に安全な放射線量で管理されています。