1590年、ヤンセン親子により開発された顕微鏡は、急速な発達をとげ、生命体は細胞が集まって構成されていることや、レーウェンフックにより発見された微生物は何らかの病気を発生させてくるのではないかということが次第に明らかとなってきます(医療の歴史12参照)。しかし、18世紀まで、微生物などの生命は自然に発生するのではないかという説がありました。「汚い物からウジがわく」などという言葉はこれを物語っており、親はなくても自然に生まれる生物もいることが信じられていました。また食べ物が腐敗してくる原因は何らかの微生物のためだろうという推測はなされていましたが、その微生物は食べ物の中に自然に発生してくるのだろうと考えられていたのです。
19世紀になって、この生物の自然発生説を否定するような色々な実験が行われました。その一つが肉汁の煮沸実験です。肉汁をそのまま放置しておくと腐敗してきます。この原因が肉汁の中に新たな微生物が発生したためかどうかを確かめるため、この肉汁を入れたガラス瓶(フラスコ)を一度煮沸して、ふたを密閉してしまうと腐敗しないという実験結果が発表されました。つまり煮沸することにより肉汁の中に存在する微生物を除去した後、密閉することにより外部から別の微生物が入らないような状態にしておくと肉汁は腐敗しないというものです。しかしこの実験結果には異論が唱えられました。煮沸して密閉すると外部の空気が入らないから、瓶のなかで微生物が生まれるための新しい空気が不足してしまった可能性はないのか?という疑問です。
この疑問を見事に解決したのがルイ・パスツール(1822~1895)です。彼は鶴首フラスコと言われる実験器具を用いて、肉汁の煮沸実験を行いました。右の絵はその鶴首フラスコをもつパスツールです。フラスコの首を鶴のように伸ばして曲げておくと、空気は出入りするけれども微生物は混入しないようになっていました。その実験の結果、肉汁を煮沸した後、新しい空気が入る環境にしておいても、微生物が発生しないことが明らかになりました。つまり、生物の自然発生説が否定されたのです。
パスツールのこの実験は、微生物学、細菌学の基礎を作り、その後の感染症克服に向けて医学の発展に大きく貢献する画期的なものでした。