医療あれこれ
医療の歴史(106) ペニシリンと並ぶ奇跡の薬
アレキサンダー・フレミングが青カビから抗菌薬ペニシリンを発見したのは1928年のことですが(医療の歴史28)、この発見は感染症治療にとってまさに奇跡の発見でした。このフレミングの業績を知り、病気の治療における新薬開発を志したのが東北大学農学部の遠藤章です。遠藤はニューヨークのアルバート・アインシュタイン医科大学へ留学中に、アメリカでは年間何十万人もの人が心筋梗塞などの冠動脈疾患で死亡しているのに、その病気の主な原因である動脈硬化を抑止するためのコレステロールを低下させる有効な薬剤がないことを知りました。そこで帰国後、有効なコレステロール低下薬の開発を目指して活動を開始したのです。血液中のコレステロールは食事として摂取したコレステロールよりも、体内(肝臓)で合成されるコレステロールの方が多いことを知り、肝臓でのコレステロール合成酵素の一つである(HMG-CoA還元酵素)の阻害薬発見を試みます。所属の製薬会社(三共株式会社)で幾千もの菌類を調べて青カビの培養液からコレステロール合成阻害剤コンパクチンを世界で初めて発見したのでした。
遠藤の作り出したコンパクチンはその後、誤った情報から発ガン性があるとして、三共はこれを製品として開発することを中止してしまいました。その間に、アメリカのメルク社はコンパクチンと同じくHMG-CoA還元酵素阻害薬であるロバスタチンを製品化して発売を始めました。三共は同系統の薬剤であるプラバスタチン(製品名メバロチン)を開発して発売します。さらにファイザー株式会社はアトルバスタチン(製品名リピトール)を発売し、世界一の売り上げを記録しました。これらのHMG-CoA還元酵素阻害薬はその薬品名に共通の名称である「スタチン」と呼ばれています。感染症治療薬であるペニシリンとともに、スタチンは多くの人が苦しむ心筋梗塞や脳梗塞の予防薬として世界中で使用されていることから、「スタチンはペニシリンと並ぶ奇跡の薬」と称されています。そして残念ながら製品として発売には至りませんでしたが、このスタチンを初めて開発した遠藤章の業績は世界で最初の偉大なものでした。2012年、全米発明家殿堂は、遠藤が日本人初の「発明家の殿堂」入りを発表しています。