医療あれこれ

宇宙旅行でエコノミークラス症候群になる?

 エコノミークラス症候群は長時間の飛行機搭乗で足をあまり動かさないことが長時間となることが原因で足の静脈に血栓ができる病気です。飛行機のエコノミークラスでは座席の間隔が狭いなど足を動かさないことが極端になるため、これまではこのように呼ばれていました。しかしエコノミークラスだけではなくファーストクラスでも長時間座ったままという状態は同じであることから理論的に下肢静脈血栓は発生するということで、「ロングフライト症候群」と呼称が変わっています。

 ところで報道でご承知の通り、アメリカ航空宇宙局(NASA)では、宇宙旅行計画の一環として国際宇宙ステーションに、特殊な訓練を受けた軍人や科学者などの専門家ではない民間の宇宙飛行士を送り込むという商業的宇宙旅行が計画されています。ただし旅費は一泊63億円だそうで、とても庶民には現実のことではないようですが、それでも商業化となると顧客の体に宇宙旅行がどのような影響を及ぼすのか調べる必要もあります。もちろんそれだけの目的ではありませんが、NASAでは宇宙ステーションに滞在中の宇宙飛行士における血管の状態をエコー検査で調べる研究が実施されています。その結果報告によると、11人の宇宙飛行士のうち1人に、脳から血液が心臓に帰ってくる内径静脈に血栓が形成されていたそうです。抗血栓治療として血液の固まりを抑える抗凝固薬を皮下注射する治療が実施され、この宇宙飛行士にできた血栓は、地球に帰還後10日間で消失したといいます。

 宇宙ステーションに医師などの血栓症治療の専門家がいたわけではありません。今回の治療は地上の専門医の指示によって開始され、始めに投与を開始された抗凝固薬に続けて使用することが必要な抗凝固薬は、物資補給のため打ち上げられた人工衛星に乗せられ宇宙ステーションまで届けられたそうです。また診断のためのエコー検査やその結果判定は地上にいる2人の専門医の指示に従って実施され判定されました。こうした地上と宇宙を結んだ新たな医療のあり方は大変興味深いものがあります。

 一方、静脈血栓が形成される場所が地上と宇宙では異なるという点は重要です。血液は試験管内で動かさない状態では固まってしまうことから明らかなように、足を動かさないでいると、動脈のように高い圧がかかっていない静脈内で血栓が形成され、これがエコノミークラス症候群(=ロングフライト症候群)です。しかしこれは地上でのことであり、無重力状態の宇宙では脳にある静脈の容積が増加することがこれまでに知られていました。そこで宇宙における静脈血栓は足の静脈ではなく脳の静脈に血栓ができる可能性が高くなるのでしょう。予防法としては地上における足の静脈に対するものとは異なる対策が必要となるのでしょうが、新たな研究課題として今後の解決すべき問題として残されていると思われます。

引用文献:       駒村和雄、日経メディカル オンライン、2020.1.10

Auñón-Chancellor SM, et al. N Engl J Med. 2020;382:89-90.