医療あれこれ

教育レベルと認知症

 これまで高いレベルの教育を受けてきた人は、認知症に対して予備能力が高いと想定されることから、認知症になりにくいと考えられていました。しかし2月に公開された新しい論文によると、教育レベルと認知症の発症年齢や認知症の進行速度には関連性がないことが示されました。

 これを発表したのは、アメリカのラッシュ大学医療センターのRobert S. Wilson氏らの研究グループで、高齢者約2,899名を対象にして解析をおこない、これまでに受けた教育レベルと現在の思考能力、知的能力と認知機能の関連性を検討しました。

解析対象者2,899名の試験開始時平均年齢は78歳で、正規の教育年数は0~30年で平均16.3年、教育が終了してからこの試験を開始するまでの期間は数十年ありました。平均追跡期間は8年間で年1回認知機能検査を受け、死亡後には脳の剖検(病理解剖)が施行することに同意した人たちです。全対象者のうち観察期間に認知症を発症した例は696例でした。また観察期間中に死亡した例は752例でしたが、このうち認知症発症後に死亡した例は405例でした。

その結果、対象者全体でみると教育レベルが高い人ほど試験開始時の思考・記憶能力が高いことがわかりましたが、教育レベルと認知機能低下速度との関連性は認められませんでした。死亡群に限ってみると、死亡の平均3.4年前から認知機能低下が進行していましたが、教育レベルと進行速度の関連は認められませんでした。また、教育レベルが高い対象者ほど、脳全体や顕微鏡でみた脳梗塞発症率は低く、その他の神経病理学的マーカーと教育レベルおよび顕微鏡で検出できる梗塞発症率が低かったものの、その他の神経病理学的マーカーと教育レベルとの関連は認められなかったそうです

これまでの研究結果では、高学歴の人ほど低学歴の人に比べて、いったん認知機能低下が始まるとその進行速度が速いことが示されていました。また脳内のアルツハイマー病のマーカー値が同程度の人たちで比較すると、高学歴の人に比べて低学歴の人は認知機能低下速度が速いことが知られていました。しかし今回の解析ではこれらと同様の成績は認められませんでした。

 発表者らによると、今回のように正規の教育が終了してから数十年も経過してからの解析では、以前に受けた教育よりも、それが終了してからの知的活動の方が影響している可能性があるといいます。つまり教育期間が終了してその後の社会活動、高い知的能力が必要となるような仕事、人生の目的が明確であるなどが、認知機能、予備能力に重要であるとも考えられます。さらに教育レベルが高い、低いの両方が同じ速度で認知機能低下の進行があると仮定すれば、やはり認知機能障害が始まった時点での知的能力が高い方が最終的に認知機能が保たれると考えられます。

引用文献:Wilson RS et al. Neurology. 2019 Feb 6. 

doi: 10.1212/WNL.0000000000007036.