医療あれこれ

認知症は確実な鑑別診断が必要

 1952年、精神疾患診断のためのDSM-Ⅰ(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)がアメリカ精神医学会により出版されました。もともとアメリカの精神科医が精神疾患診断のために用いることを目的として作成されたものですが、国際的な診断マニュアルとして用いられており、日本でもこれが精神疾患診断の基準になっています。その後、医療・診断技術が進歩するのに従って改定がおこなわれ、2013年に出版されたDSM-5が現在用いられている最新版になります。認知症はこの中で神経認知障害群に分類されているのです。この項でもいくつかご紹介しましたが、将来認知症患者が増加するのかどうか大きな社会問題になっています。

 認知症は単一の疾患ではなく、その原因となる疾患は多岐にわたります。よく知られているアルツハイマー病のほか、前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration: FTLD)、レビー小体病(Lewy body disearse: LBD)などは中枢神経細胞の変性が直接認知症を発症するものです。その他に脳梗塞などの脳血管性疾患や外傷性脳損傷、化学物質や医薬品が原因で発症するもの、HIVやプリオンなどの感染が原因のもの、パーキンソン病やその他の医学的疾患が挙げられています。

 DSM-5における認知症診断基準では、単純に記憶障害など一般的な認知症症状だけではなく、行動障害を伴うかどうかにも言及されています。認知症における行動障害は、行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia: BPSD)といわれるもので、認知症において神経細胞が障害されて直接現れてくる中核症状ではなく、周囲とのかかわりの中から生じてくるものでかつては周辺症状と呼ばれていたものです。暴言・暴力、興奮、抑うつ、不眠、幻覚、妄想、せん妄、徘徊、失禁などはいずれもBPSDにあたり、その人の置かれている生活環境がそれぞれ異なりますから、これら症状の出現様式も異なってきます。そしてBPSDは実際の医療・介護の場において担当者への負担が多大であることがよく見られるのです。そこでこのBPSDを確実に把握することが必要です。

 またDSM-5において他の医学的疾患とされているものには、慢性硬膜下血腫、脳腫瘍、聖常圧水頭症など手術治療などにより回復も期待できるものも含まれます。さらに糖尿病などの代謝性疾患、ホルモンの病気である内分泌疾患、免疫疾患など確実な内科的治療によりコントロールが可能な疾患も含まれています。これらの疾患を鑑別するためには、CTMRIなどの画像診断が必要ですし、血液検査や脳脊髄液検査なども必須です。

 アルツハイマー病などの変性疾患に有効とされる薬剤が、わが国でも使用可能となっています。しかしこの認知症治療薬の中には確実な診断がなされていないと無効であるばかりか、かえって症状を悪化させるものも含まれているのです。例えばアルツハイマーやレビー小体病には有効とされている薬剤を前頭側頭葉変性症(FTLD)に用いると、FTLDに特徴的な粗暴や怒りっぽい症状が強調されてしまうなど、薬剤の副作用ともいうべき症状増悪の可能性もあるのです。

 DSM-5の認知症診断基準は、認知症をきたす原因疾患の鑑別をより厳密にするようになっています。認知症の診断に際しては、これまでの病歴聴取や心理検査などに加えて、画像診断も含めた広範な鑑別診断が重要であると思われます。

引用文献:末廣 聖、池田 学:認知症、別冊日本臨床153156ページ (2017920日発行)